医学部再受験から行政書士へ。遠回りの末に辿り着いた“国際業務”という天職
はじめに|遠回りの人生が導いた国際業務
長島国際行政書士事務所の長島です。
私は現在、外国人の在留資格(ビザ)手続きを中心に活動する行政書士です。
このページでは、
「なぜ行政書士になったのか」
「なぜ国際業務を専門にしているのか」
その背景となる、私自身の歩みをお話しします。
小学生時代|評価する人が変われば、人は変わる
小学校低学年の頃、私は「落ち着きがない」という理由で、担任の先生からあまり良い評価を受けていませんでした。
しかし5年生の時、担任の先生が変わったことで状況は一変します。
その先生は、私の欠点ではなく「良い部分」を見つけ、引き出してくれる方でした。
学級委員長や学年代表として人前で話す機会を与えられ、
「親以外の大人に認められる経験」を、人生で初めて味わいました。
この経験から学んだのは、
人の評価は、評価する側によって大きく変わるということです。
この考え方は、今の私の
「目の前の人を一人の人間として丁寧に理解しようとする姿勢」
の原点になっています。
高校〜浪人時代|人には、それぞれ伸びるタイミングがある
中学ではソフトテニス部に所属し、県大会にも出場しましたが、学業の成績は決して良い方ではありませんでした。
部活引退後、初めて本気で勉強し、地元の進学校に進学します。
しかし高校では完全に燃え尽き、学校にもほとんど行かなくなり、大学受験は失敗。浪人生活に入ります。
浪人中も、決して模範的な生活とは言えませんでしたが、不思議とセンター試験では総合70%を取ることができました。
この頃から
「成長のスピードは人それぞれでいい」
そう思えるようになりました。
福島大学入学〜退学|外国人との出会い
福島大学に入学したものの、講義には全く興味が持てず、読書や語学、海外ドラマに没頭する日々を過ごしていました。
そんな中、アルバイト先で出会った中国人技能実習生との交流が、私の価値観を大きく変えます。
外国人とコミュニケーションを取ることが、純粋に楽しい。
この感覚が、現在の国際業務の原点です。
結果として大学の単位はほとんど取れず、親を説得して退学を決断しました。
医学部再受験|人生で初めて本気になった一年
退学後、私は医学部再受験を決意します。
「将来に困らない専門職に就きたい」
その思いからでした。
一年間、学習センターにこもり、朝から晩まで勉強しました。
模試では東北大学の歯学部や農学部でA判定が出るまでに成長し、努力が結果につながる感覚を久しぶりに味わいました。
最終的に、東北大学医学部保健学科(放射線専攻)に進学し、親にも胸を張れる一年となりました。
東北大学時代|向いていない仕事に気づく
大学入学後、再び医学科を目指して仮面浪人をしますが、病院実習を通じて気づいたことがあります。
それは
「自分は医療従事者には向いていないのでは?」
という事実でした。
閉鎖的な環境で働くことに、どうしても違和感をぬぐい切れなかったのです。
健診業界〜フリーランス|自分に合う働き方
卒業後は仙台市内の健診団体に就職。
県内を巡る移動型の仕事、人との関わり、自由度の高さは、想像以上に自分に合っていました。
その後フリーランスへ転身し、
「自分の力で生きる」
という感覚を持つようになります。
行政書士という選択|国際業務は必然だった
父が行政書士試験に合格していたこともあり、この資格は以前から身近な存在でした。
自分で納得したことにしか本気になれない性格の私にとって、行政書士は初めて「腹落ちした選択」でした。
法律を学ぶ中で、これまでの人生経験が一本の線として繋がっていく感覚がありました。
異文化の中で生きる人の生活を支える。
それが仕事になる。
今思えば、国際業務に辿り着いたのは偶然ではなく、必然だったと思います。
現在|外国人ビザ専門の行政書士として
現在、当事務所では以下の業務を中心に取り扱っています。
- 配偶者ビザ
- 永住ビザ
- 在留資格の更新・変更
外国の方と向き合い、人生の節目に関わるこの仕事に、大きなやりがいを感じています。
最後に|遠回りした人生だからこそ
私は決して順調な人生を歩んできたわけではありません。
迷い、挫折し、回り道ばかりでした。
しかし、そのすべてが今、誰かに寄り添う力になっています。
あなたが今、
「このままでいいのか」
「誰に相談すべきか」
迷っているなら、ぜひ一度お話を聞かせてください。
あなたの挑戦を、全力で支えます。
